TLCとは、アメリカ合衆国の女性音楽グループ。オリジナルメンバーはT-ボズ、レフト・アイ、チリで構成されていたが、レフト・アイの死により現在は二人組。
メイン・ボーカルはアイオワ州出身のT-ボズ(T-Boz, 本名:Tionnie Watkins, 1970年4月26日-)、ラップと作詞担当はペンシルバニア州フィラデルフィア出身のレフト・アイ(Left Eye, 本名:Lisa Nicole Lopes, 1971年5月27日-2002年4月25日)、コーラスをチリ(Chilli, 本名:Rozonda Thomas, 1971年2月27日-)が担当。
グループの名前は「Tender Loving Care」からと、3人のニックネームの頭文字から。最初はT-ボズ、レフト・アイ、クリスタルというメンバーでデビューするはずだったが、デビュー前にクリスタルは解雇され、ロゾンダが加入した。
それぞれのニックネームの由来は、T-ボズはTionnieのTと、リーダーという意味のボス(boss)から。レフト・アイは彼氏に可愛いといわれた左目を細める癖から。チリは最初、クッキーというニックネームを付けられそうになったが、ロゾンダは拒否、ホットなチリ・ソースという意味のチリがニックネームになった。
LA&ベイビーフェイスが設立したレーベルLAFACEから1992年、シングル「エイント・2・プラウド・2・ベッグ(Ain't 2 Proud 2 Beg)」でデビュー。2ndシングル「ベイビー・ベイビー・ベイビー(Baby Baby Baby)」は全米チャート2位、R&Bチャート1位となる。1stアルバム「エイント・2・プラウド・2・ベッグ」は全米で500万枚以上のセールスを記録、日本では20万枚のセールスを記録する。レフト・アイはコンドームを眼帯として使用するなど、そのファッションが注目されただけでなく、当時付き合っていたフットボール選手Andre Previn Risonが持つ86万ドルの豪邸に放火したりと、何かと注目された。
2ndアルバム「クレイジーセクシークール」では1stシングル「クリープ(Creep)」、2ndシングル「レッド・ライト・スペシャル(Red Light Special)」とヒットが続く。3rdシングルの「ウォーターフォールズ(Waterfalls)」では歌詞の内容と、当時最先端のSFXを使用したミュージック・ビデオでも大きな話題を呼び、全米チャート7週連続1位という大ヒットを記録。アルバムは全米で1,000万枚以上のセールスをあげ、見事グラミー賞を獲得する。
チリは未婚のまま、1997年ダラス・オースティン(Dallas Austin)との間に、長男Tronを出産。二人は2000年に破局。
「それまでないがしろにしていた、ファンへのお詫び」という意味を込めてタイトルを付けた3rdアルバム「ファンメール」を1999年リリース。1stシングル「ノー・スクラブズ(No Scrubs)」、2ndシングル「アンプリティ(Unpretty)」も全米一位となる。「ファンメール」は全世界で1,000万枚以上のセールスとなり、日本でも100万枚というセールスを記録、再びグラミー賞を獲得する。同年夏には「爽健美茶ナチュラル・ブリーズ・コンサート」でモニカとともに来日、宇多田ヒカルも含めた三アーティストの合同ライブを、また全米をまわるファンメール・ツアーも実施した。しかし、自分の書いた曲がアルバムに採用されないことに不満を抱いていたレフト・アイは、「ソロ・アルバムをリリースし誰が一番売れるかビルボードに判断してもらおう」といったメンバーの不仲説を煽る発言をした。
来日公演を予定していた2000年、T-ボズが鎌状赤血球症で体調を崩したことが原因で中止になってしまう。またT-ボズはラッパーのマック10(Mack 10)との間にチョイス(Chase)という名の娘をもうけ、同年8月19日にLAで結婚。しかし、マック10がT-ボズを頻繁に脅迫したことにより、2004年に別居申請をする。
レフト・アイは2000年にショーン・ニューマンと結婚するとされたが、破局。
2001年にはレフト・アイがソロ・アルバム「Supernova」をリリース。これはレコード会社移籍など多くの問題を抱えていたため、世界中でリリースされたが全米では発売を中止した。同年Andre Risonと婚約するも、解消。
いっそうの活躍が期待されたが、4枚目のグループ・アルバムのレコーディング中、また自身の2ndソロ・アルバム制作中の2002年4月25日夜、レフト・アイが中米ホンジュラスフティアパ近くのハイウェイでSUV車を運転中、木に衝突。頭部の怪我により30歳の若さで他界した。「ラスト・デイズ・オブ・レフト・アイ」ドキュメンタリー映像を見るとわかるが、事故時レフトアイはシートベルトをしていなかった。レフト・アイの死亡事故に関して、警察はスピード超過によるものと判断したが、レフト・アイの母親ワンダ・ロペス(Wanda Lopes)が、事故の原因をモンテロ(Montero SUV、日本名:パジェロ)の欠陥によるものとして、2005年6月大手自動車メーカー三菱自動車を相手取った訴訟を起こしている。事故の後も、T-ボズとチリはレコーディングを続行、レフト・アイがすでに録音していた音源も使い、4thアルバム「3D」を2002年に完成させる。
このころ、チリとアッシャーの交際はビックカップルとして有名だったが、アッシャーのファンが彼との情事で妊娠したことが原因で、2004年1月に破局。
T-ボズの鎌型赤血球症やレフト・アイの死もあって、事実上活動休止状態にあったが、2005年にテレビ番組のオーディションを勝ち残った、20歳のO'so Krispie(アトランタ出身)をフィーチャリングした2年ぶりになるシングル「I Bet」を、iTunes Music Store上に発表。ラップ担当でコリオグラファーでもある彼女の参加が、TLC復活を予感させる。
現在のチリはエイコンが自分自身で立ち上げたレーベルKonlive Recordsとソロ契約している。近々ソロ・アルバムをリリースする予定
ドキュメンタリー番組の波紋 [編集]
アメリカの音楽専門局VH1が「ラスト・デイズ・オブ・レフト・アイ」と題したドキュメンタリーを放送した。レフト・アイの遺族の協力の下、未公開映像を放送したが、レフト・アイが交通事故を起こす瞬間の映像が含まれていた為、波紋を呼んだ。レフト・アイがハンドルを握り運転して穏やかな様子から一変、悲鳴が上がり、木に激突する前までの映像がおさめられている。
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